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サラマンカのマヨール広場にあるイサベル1世とフェルナンド2世のメダイヨン

王の面, アーチ8

イサベル1世とフェルナンド2世

銘板

FERDINAS CATOLIS ET ISABELLA

彫刻家
Alejandro Carnicero
制作年
1731
場所
王の面, アーチ8

どんな人物たちか

イサベル1世 (カスティーリャ女王)

1451–1504 カスティーリャ王、レオン王、ガリシア王(1451–1504)

イサベル1世(Isabel I de Castilla, Isabel la Católica, 1451年4月22日 - 1504年11月26日)は、スペインの歴史において極めて重要な女王である。彼女はカスティーリャ王国の女王として1474年から統治し、アラゴン王フェルナンド2世と結婚することでスペインの統一を推進した。この結婚により、カスティーリャとアラゴンの二つの強大な王国が統合され、スペインの国家形成が進んだ。 イサベルの治世中に起こった最も重要な出来事の一つが、グラナダの征服である。1492年にイスラム教徒の最後の拠点であったグラナダをキリスト教徒が制圧し、イベリア半島全体がキリスト教徒の支配下に置かれることになった。同じ年、イサベルはクリストファー・コロンブスの大西洋横断探検を支援し、その結果、新世界が発見され、スペインは広大な植民地帝国を築くことになった。 また、イサベルはスペインにおけるカトリック教会の強化に力を入れ、スペイン異端審問を推進した。これにより、異教徒や異端者に対する厳しい取り締まりが行われ、ユダヤ人やムスリムに対する強制改宗や追放が実施された。イサベルの宗教的な情熱と政治的手腕は、スペインがヨーロッパと新世界の強国として台頭するための基盤を築いたとされる。彼女の統治は、スペインの黄金時代の幕開けを象徴するものとして評価されている。

フェルナンド2世 (アラゴン王)

1452–1516 アラゴン王、カスティーリャ王、レオン王(1452–1516)

フェルナンド2世(スペイン語: Fernando II、1452年3月10日 - 1516年1月23日)は、アラゴン国王(在位1479年 - 1516年)。カスティーリャ国王としてはフェルナンド5世(在位1474年 - 1504年)。カタルーニャ語名ではフェラン2世(Ferran II)、アラゴン語名ではフェランド2世(Ferrando II)。カトリック王(el Católico)と呼ばれ、最初の妻であるカスティーリャ女王イサベル1世と共にカトリック両王(Reyes Católicos)と呼ばれる。

日本語版ウィキペディアの記事「イサベル1世 (カスティーリャ女王)」「フェルナンド2世 (アラゴン王)」の冒頭より(参照した版)。ライセンスは CC BY-SA 4.0. 生没年はウィキデータによります。

写真: Tamorlan · CC BY 3.0 · ウィキメディア・コモンズのファイルページ. 他と揃えるため、同じ構図に切り抜き、色調を合わせています。