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サラマンカのマヨール広場にあるフアナ (カスティーリャ女王)とフェリペ1世のメダイヨン

王の面, アーチ9

フアナ (カスティーリャ女王)とフェリペ1世

銘板

PHILIPVS I ET JOANNA

彫刻家
Alejandro Carnicero
制作年
記録なし
場所
王の面, アーチ9

どんな人物たちか

フアナ (カスティーリャ女王)

1479–1555

フアナ(Juana, 1479年11月6日 - 1555年4月12日)は、カスティーリャ女王。カトリック両王の第2王女で、ブルゴーニュ公フィリップ4世の妃。 兄フアン、姉イサベルおよびその子ミゲルの早世により、王位継承順位が1位となる。しかし、結婚後から精神異常が顕著となり、母の崩御に伴う即位を経て、特に夫と死別して以後さらに悪化したため、約40年の長期間にわたり幽閉された。この間、公文書のサインは女王フアナとカルロス1世の2つのサインが添えられ、名目上の共同統治者であり続けた。この長男カルロス1世の統治下でスペイン帝国は隆盛を極めることとなる。 「狂女フアナ」(Juana la Loca)という異名でも知られ、芸術作品の題材ともなっている。

フェリペ1世 (カスティーリャ王)

1478–1506

フェリペ1世(西: Felipe I, 1478年7月22日 - 1506年9月25日)は、カスティーリャ女王フアナの王配。一時期カスティーリャ王を称した(1504年 - 1506年)。ブルゴーニュ公フィリップ4世(仏: Philippe Ⅳ,在位:1482年 - 1506年)でもあり、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世とブルゴーニュ女公マリーの長子。美公あるいは端麗公(フランス語:le Beau,ル・ボー)と呼ばれる。

日本語版ウィキペディアの記事「フアナ (カスティーリャ女王)」「フェリペ1世 (カスティーリャ王)」の冒頭より(参照した版)。ライセンスは CC BY-SA 4.0. 生没年はウィキデータによります。

写真: Tamorlan · CC BY 3.0 · ウィキメディア・コモンズのファイルページ. 他と揃えるため、同じ構図に切り抜き、色調を合わせています。